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2/7 

「皮って、余らなくないですか」

思った。その質問は、フェアじゃない。
俺は彼に皮派なのか亀頭派なのかを尋ね、その答えがこれである。
広義では、日本人男子は7から8割近くが包茎であるとされるが、彼は、残り2、3割の、認めたくはないが、選民……憚ることなく銭湯にいけるひとびと……に属するのか。これは、遠まわしの嫌味なのだろうか。表向きは人当たり良さげに、俺と接しつつも、心の中では常日頃、俺を包茎野朗と見下しているのだろうか。そうなのだろうか。俺が何かを言うたびに、うるせえなこの包茎野朗、などと思っていたのだろうか。揺らいではならない。世界でいっても包茎率は低くない。心を強く持たねばならない。ひとはそのパーセンテージに安心し、懐疑し、絶望し、マーズに折檻されたいと考え……俺にはわからない……その数字をどう捉えればよいかは……。なにか言葉を返さねばならない。直ちになにかを言い返さなければなるまいな。こ、古代ギリシアあるいはローマのひとびとはね……。いや、あれは精神の無垢さの象徴と聞いたことがある。肉体美に対してであると……。トモダチ……トモダチ……。我ら日本男児7割は、けして何も隠してなどおりませぬぞ……。

中学生の頃、同じ部活のIと、「外周10周」をサボり、トイレで用を足していたときだった。
テニス部のMはズルリである。Iの突然の報告は衝撃的だった。身長と生殖器の発達には相関関係はないのか、俺は思った。身長が140センチ台でストップしているのにも関らず究極完全変態している人間の存在はにわかに信じがたい。ごくりと喉を鳴らし酷くうろたえ俺はいう。そのような生き物はUMAと呼ばれる存在ではないのか。Iはいう。あれは理科室から帰ってくる途中のことでした……。俺とIはしばしの間黙りこくったのち、お互いの持つ知識を交換した。我々の下した結論、それはひたすらに自慰をこなせば、やがて変態するということであった。それは真理である。思った。であるならば、自分もそのうちそのステージに到達することができる、そう信じていた。結論からいえばそれは誤りであった。1年が過ぎ2年が経ち、順調に日課をこなしていた俺は、インターネットの世界で、あることを知る。皮派と、亀頭派。それぞれの違いを。俺の仕方は、皮が伸びると……。そのとき、30まで成長するという説は俺に対し力を持たなくなった。成長するとしても皮が同じく増えていかない理屈があるのだろうか。俺は自ら7割側へと向かっていたのだ……。

皮が余らないと言い放つ彼のその言葉は、我々の拠り所である「剥き癖」すらも蹂躙していた。日本でいえば包茎だが、諸外国でいえばそうではない。概念はない。そう呟きながら癖をつける我々の、風呂場での。日課での。日々での。そういった努力……くだらないもの……。俺はなにをしているのだろう、全く意味のない行為……そう思いながらいた、あのとき……。彼の発言は俺に思い出させ、そして過去は俺に気付かせた。日課のこなし方。そもそも機構の違い。生まれ持ったサイズ。それらがどうというだけの問題ではない。問題は、俺が、全てにおいてあの頃とほぼ何も変わっていないということではないのか。変わる予兆も感じられるまま、俺は。でも俺は。

「自慰が好き?」ぽつりとつぶやいた。
「どういうこと」
「べつに答えてくれなくてもいいです。どう返事してくれたって、その通りに聞こえるかも分からないし」
「ノープログレムっていう、暗示みたいなものかしら」
「そう、ノープログレムってことかもしれない」彼とは違うであろう意味で、俺は答えた。

[ 2008/02/08 06:12 ] 日記 | CM(0)
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